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フジテレビに失望、NHKと同じ

 今日、午後4時から「第13回FSNドキュメンタリー大賞『罪の意味-少年A仮退院と被害者家族』」を放送していた。内容は非常に重い内容であるにもかかわらず、後半部分は2~3分おきにCMでぶった切られた放送であり、何がどうなっているのか全く分からないような放送の仕方であった。しかもそのCMに混ざって自局が放送するくだらない番組のCMまで流していた。2~3分毎に
「『きっかけは~、フジテレビ!!』なんて掛け声を聞かされる人の身にもなってみろ!!」(怒)と言いたい。民放なのだからCMが入るのは仕方ないにしても、その入れ方をもっと考えた方がいい。しかも、放送している内容を考えたら『きっかけは~、フジテレビ!!』なんていうふざけた掛け声は無用であるし、自局の番組のCMも控えるべきではないのだろうか。
 NHKは視聴料を徴収しているが、民放は徴収していない。だけれども放送にかかるコストはスポンサーの商品を通じて視聴者が負担しているということを忘れないようにしていただきたい。昨年か一昨年か忘れたが、民放局員の給与水準が高すぎるという批判記事が某週刊誌に掲載されたし、同時に銀座辺りの歓楽街で派手に交際費を使っているということも掲載されていた。NHKも民放も視聴者のカネで運営されていることに他ならないのである。調達の仕方が違うだけであり、本質は同じである。この際、NHK問題を『他山の石』として、全部のテレビ局の姿勢を考え直すべきではあるまいか。電波は公共のものなのであるのだから・・・・・。
 でなければ、民放も激しい世間の批判にさらされることになるだろう。その『きっかけは~、フジテレビ』なんてことになりかねないと思う。
by yousui-nobidome | 2005-01-30 23:28 | 日本を考える

身なり

小学校の制服 昔、女子大学生がジーパンで講義を受けようとしたら
「教室から出て行きなさい」と言った大学教授がいました。それで暫らくの間、世の中では『ジーパン』論議が花盛りでした。
 私は今、世の中は服装が乱れていると思います。昔は『ヨソユキ』という服があり、他人の家を訪問するときや、あらたまった場に行くときはヨソユキを着ていきました。今はまずしていないことだと思います(せいぜい結婚式や法事とかでなければ着ないと思います)。今はどこでもカジュアルな服装で済ましているのではないでしょうか。破れていてもダラ~ッとしていてもブカブカでも、それが流行っているとなると、どこでもかまわず着ているのではないでしょうか。仕事柄、大学がある街へよく行きましたが、そこで見る大学生は、皆そんな感じです。
 大学で講義を受けるなら、当然、講義する者への礼をつくすべきで、いくら流行っているといっても破れていて、ダラ~ッとしていて、ブカブカのカジュアルウェアで受けるべきではないと思います。
 私にも大学生の息子がいます。
「たまにはスーツで講義を受けてみろ」と思うのですが、女房が
「そんな時代ではない」と採りあいません。当然息子もダラ~ッとしていて、ブカブカのカジュアルウェアで講義を受けています。(順調に行けば)あと2年で社会へ出るのですから、
「今からネクタイの締め方とスーツの着方くらい習っておけ」といいたいのですが、もう諦めています。

 躾という観点から言って、子供の頃からキチンとした服装を習慣化させる必要があると思います。自分を飾り立てるという意味ではなく、相手に対する敬意の表れとして、相手が汚いとか不快に思うような服装はしないようにさせる。何かカタチあることから教えていかないと、ココロとしての敬意の表し方が身に付かないと思います。今の世の中、他人のことなどお構いなしという人が増えていますが、身なりから教える必要があるのではないでしょうか。

 小学生の服装もそうだと思います。
「まだ小さいから普段着でいい」、「小学生だから暴れたり遊びで汚すから」といって、変な格好をさせてよいというものではないと思います。先生から勉強を教えてもらうのですから、それに対して相応しい服装をさせるべきだと思います。汚れたら洗濯すればいいでしょう。破れたら繕えば済むことです。世のお母さんたちへのお願いです。
洗濯や繕いを嫌がらないでください
by yousui-nobidome | 2005-01-29 16:13 | 日本を考える

エビ・ジョンイル(3)

さようなら エビジョンイル 笑っちゃいました。thunder01さんのブログを見て、「まだ、さよならは早いですよ」という『顧問就任』についてのトラックバックをしようと思っていた矢先に、
『海老沢氏ら顧問辞退』というニュースが飛び込んできました。で、思わず笑っちゃいました
 海老沢会長が辞任し、新体制にせざるを得なかったのは何故なのかが、今度の橋本新会長には分かっていなかったようですね。こんな人がNHK会長になるとは驚きであります。
 実際問題として、トップ以下3人が辞め、消去法で技術系が残るという事情から橋本さんが選ばれたようだけれども、本当のところはどうなのでしょうか。私は、恐らく海老沢さんら3人が顧問として残り、海老沢院政を敷くことになっていたのではないかと睨んでいる。だから、新会長は海老沢さんに頭の上がらない人なら誰でも良かったのだと思います。
「顧問は経営にかかわる権限がないため、新体制には影響がない」と言ってますが、詭弁でしょう。海老沢さんに
「こうやれ」と言われて逆らえないで、その通りにやるのであれば権限云々の話ではないでしょう。実際、橋本新会長がどんな人だか分かりませんが、NHKに対する世の中の風当たりがどんなものなのか予想もできない人に、NHKの経営をやらせるのは非常に不安です。
 私が睨んだとおりで、
「海老沢さんが顧問にならないのなら、新会長は『橋本さん』ではなくて、この人にします」ってことになったら益々面白くなるのですが・・・・・。いくらNHKでもそこまではしないでしょう。

 
by yousui-nobidome | 2005-01-29 15:15 | 日常生活

口先だけの思い遣り

 バスに乗ると、車内放送で、
「バスが停留所に停車してから席をお立ち下さい」と言っていた。停車前に席を立つと、停車時によろけるので、それを防ぐためのことだろうと思う。
 しかし、バスに乗り込む時は、席に座る前に発車してしまう。その為、バスの後部へ走り出してしまうことがままある。言ってることとやってることが違う。何か、口先だけの思い遣りに思えてしまう。
by yousui-nobidome | 2005-01-27 06:00 | 日常生活

チャレンジド

 讀賣新聞1月18日(朝刊)の『メモランダム』に、『障害者』が別の呼び方に変えたほうがいい言葉の第一の候補として取り上げられていました。
 「痴呆」は侮べつ的な呼び方だからという理由で、新たな呼び方として『認知症』が最適とされましたが、ほかの言葉も変更する必要があり、その第一の候補が『障害者』だということです。その呼び変えに、海外では「challenged(チャレンジド)」という言い方もあると紹介されていました。「神から『挑戦』という課題を与えられた人」という意味だそうです。

 いろいろな意見もあると思いますが、私は大賛成です。昨年、アテネでパラリンピックがあり、テレビで選手の日頃の練習風景や、実際の競技の様子が映し出されていました。私はそれを見て、彼らの日頃の努力に大変感動し、
「障害のない自分の方が障害者じゃないか」と思ってしまいました。ですから、『挑戦』を表す「チャレンジド」という呼び変えに賛成です。

 「認知症」も最初は違和感がありましたが、最近ではそれ程違和感なく聞いたり使えるようになりました。また、横文字(外来語)が氾濫し、日本語による呼び変えが検討されてもいます。でも、日本語に適当な呼び変え語がないのなら横文字語でもしょうがないと思います。要は、社会がどれだけその言葉を『認知』するかの問題だと思います。その言葉の意味が広く社会に認められれば、日本語とか外来語とかの区別は不必要だと思います。

 とはいえ、実際にそう呼ばれる人たちの気持ちも大切です。『痴呆』や『障害者』という言葉は、そう呼ばれる人たちの気持ちには全然配慮しないで使われてきました。これからは当事者の気持ちに配慮することが大事だと思っています。
by yousui-nobidome | 2005-01-18 06:25 | 日本を考える

日本の真実

今日も一冊終えました 

 ひろさん(http://hiro551.exblog.jp/)に薦められて、大前研一さんの『日本の真実』を読んだ。もう半月も前になる。どういう形で『読後感想文』を書こうかと考えているうちに年が明けてしまったが、
「ブログに書く』と宣言したので書いてみた。

 大前研一さんの本は何年か前に読んだことがある(タイトルは忘れた)。その時は若かった(?)ので、感激したというか感心したものである。今回『日本の真実』を読んでみた感想は特にない。書いてあることは以前と同じで余り新鮮味がない(だから駄目というわけではないが)。まあ、自分の主張をしょっちゅう変える人は余り居ないし、それ相応の理由が無ければ信用されないから、当たり前といえば当たり前である。
 彼の提言はそれなりに面白い。是非実現していただきたいものばかりである。でも、それだけのことで、
じゃあ、どうすれば実現できるか」ということがない。
なるほど、彼はコンサルタントである(「コンサルタント」の前に『有能な』を付けてもいいが、ここではどうでもいいことである)。コンサルタントの仕事は、例えばある会社の業務改善を依頼された場合、
 ①その会社の現状を分析し
 ②問題点を洗い出し、
 ③改善案なりを提示し、
 ④その実行状況を監視する(モニタリング?)をする。これが彼の仕事である。実際に業務改善を行うのは、依頼された会社の人たちである。上手くいけば鼻高々であり、失敗すれば
「私の言うとおりに行っていない」ということになる。

 彼が『日本の真実』の中で言っているのは、一つの問題点を掲げ、
「それの解決策はこうだ。」と言っているに過ぎない。ではそれをやろうとした場合、弊害となることはないのか、それを実現するために、或いは実現したために悪影響を受ける人は居ないのかといったことが書かれていない。また、実現しようとした場合、誰が賛成して誰が反対するか、その対策はどうするかと言ったことも書かれていない。

 まあ、早い話、評論家の立場で書いている本(自分は当事者じゃないよ)と言う感じである。
 しかし、だからと言って軽んじていい本ではないと思う。彼が言っていることは日本人に対する提言であると思う。また、解決策は彼が言っていることだけではないと思うので、政治家はよく考えていただきたいことである。
by yousui-nobidome | 2005-01-16 17:28 | 読後感想文

七福神めぐり

 お正月といえば『七福神』です。ということで成人の日(1月10日)に隣まちの『東久留米七福神めぐり』に家族と行ってきました。
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a0006530_17353935.jpg 最初は大黒天尊を祀る浄牧院(上と左の写真です)です。文安元年(1444年)の創建といわれています。
a0006530_17401915.jpg 2番目は弁財天を祀る宝泉寺です。開基は承和5年(838年)といわれ、今回まわった中で一番古いお寺のようです。
a0006530_1746358.jpg 3番目は毘沙門天を祀る多門寺です。鎌倉時代中期の創建といわれています。
a0006530_1815598.jpg 4番目は布袋尊を祀る米津寺です。万治2年(1659年)大名『米津家』の菩提寺として創建され、多摩地区で唯一の大名墓地があることで知られているそうです。
a0006530_17494127.jpg 境内には立派な六角堂がありました。
a0006530_17505413.jpg 最後は恵比寿尊、福禄寿尊、寿老尊の三体を祀る大圓寺です。平安時代初期の天安2年(858年)に開山されたと伝えられる古刹です。

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 普段は何気なくクルマで通り過ぎてしまうのですが、実際に足で歩いてまわって見るとなかなか良いものです。東久留米は南沢遊水地から流れ出る水が落合川や、久留米の地名のもとになったといわれている黒目川(黒目川の語源は知りませんが)などの清流が流れていて、とても気持ちのよいまちです。
 空を見上げると、テレビ番組『金堂復元・唐招提寺1200年目の真実』を昨日見たばかりだったので、『天平の甍』を思い出してしまいました。今度これを読んでから、またゆっくりと歩いてみたいと思いました。

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by yousui-nobidome | 2005-01-10 18:30 | 日常生活

私は犬(を飼う人)が嫌いだ(2)

a0006530_162864.jpg 左の写真は私が住むまちの駅前通りのお宅である。このお宅の人は駅前通りという、かなり人通りのある場所にもかかわらず、大分犬の被害に遭っているようだ。『農薬注意』というところに怒りの大きさが分かる。犬を飼う人はマナーを守らなければいけない

 私も新年早々嫌な思いをした。初詣に実家近くの神社に行ったのだが、犬をつれた人の姿が目立ったことである。本来、神社仏閣は犬や家畜などはつれて入れない神聖な場所である。そこへ堂々と犬をつれてくるとはあきれ果ててしまった。日光の『いろは坂』の手前に『馬返し』と言う地名がある。
「これより先は神聖な場所であるから、荷物を運んできた馬は入ってはいけない。ここから先は人が荷物を担いでゆきなさい」という場所である。山自体が『ご神体』となっているところには、大抵こういった地名が残っている。それほど神聖な場所なのである。
 私の実家のそばの神社は由緒正しい神社で、地元の人以外の参詣者も多く、年々観光客も増えてきている。ここの神社の宮司も注意すべきなのに、見て見ぬ振りを決め込んでいるようだ。そのくらい注意しても、お賽銭やお札・お守りの売上が減るとは思えないが。
 犬を飼っている人は、
「犬も家族の一員よ。神社につれてきて何がいけないの。ひとりで家で留守番でもさせておけとでも言うの」と言うだろう。そのとおりである。『犬も家族の一員』と思いたければ思えばいいが、他人にそれを押し付けるべきではない。犬も家族の一員になったからといって、人間になったわけではない。他人から見れば『犬』は『犬』であって、『犬』以外の何者でもない。人間であるなら人間社会のルールは守るべきである。それが守れない人は、自分が犬の家族の一員になればいいと思う。
by yousui-nobidome | 2005-01-10 16:57 | 日本を考える

地域の和

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a0006530_172223.jpg 昨年は12月29日と12月31日に雪が降った。12月31日の雪は、かなりの量が降ったようだ。私は12月31日に帰省したので、八王子付近を通過中に雪が降り出し、雪に追いかけられるように南下して行き、幸いにも雪の被害は受けなかった。しかし、箱根を迂回する車の渋滞に巻き込まれヘトヘトになってしまった。


a0006530_1724756.jpg さて、東京で雪が降ると困ることがある。除雪をしないのである。東京は暖かいので、除雪しなくても根雪となって残ることはないし、日当たりの良い場所や車が通る道はすぐに雪はなくなってしまう。しかし、日当たりが悪い場所では、踏み固められた雪が氷となって、根雪の如くいつまでも残ってしまう。昼間、気温が上がると溶けてくるのであるが、夜までに溶け切らないと翌朝カチンカチンに凍ってしまい、ツルツル滑るのである。
 以前は、雪が降った翌朝は駅やバス停まで除雪してくれた人がいたし、自分の家の前の道は、必ず除雪したものである。そうすれば除雪した道がズッとつながり、ズ~ッと歩きやすくなる。これが地域の和なのだと思う。高齢化が進んで除雪作業が大変になったのかと思ったが、2~300世帯以上住んでいる(若い世帯が多いと思うのだが)と思われるマンションの前の道も除雪していない。商店はお客が来なくなるので、必ず除雪していたのだが、今はしていない。
 私のまちに高級な中華料理店がある。中国から調理人を呼んで、結構いい評判の店である。しかし、ここの店の前は結構交通量があるのだが全然除雪していなくて、通過するのに難儀した。自分の店に来るクルマや客が踏み固めた雪なのに全然除雪していない。もうこの店には二度と行くものかと決めた。
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by yousui-nobidome | 2005-01-09 17:42 | 日本を考える