カテゴリ:ぎっくり腰( 6 )

MR検査

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 今日、MR検査なるものを受けた。先週、椎間板ヘルニアの診察を受けたのだが、発症してから1週間たったにもかかわらず一向に痛みがひかないので、
「かなり重症かもしれないので、MR検査を受けてみましょう」と主治医に言われ、検査を受けることになったのである。早速、『MR検査とは何ぞや』とインターネットで調べてみた。
 Magnetic Resonanceの略で磁気共鳴と訳されます。人体内には、さまざまな形で水素原子核が分布しています。この水素原子核は通常は何の信号も出しませんが、体を強い磁石の中に置いて電波を与えると、瞬時に信号を放出します。その信号デ-タを基にコンピュ-タ-で画像を合成して臓器の状態を調べます。
 ということであった。私が通っている病院には装置がないので、車で30分ほどの所にある別の病院で受けることになった。迎えの車に乗り、着いた病院で、
 「金属類は一切身につけてはいけない。体に金属類は入っていないこと、検査中痛いことはないが、動いてはいけないこと、大きな音がするが、音は消せないので耳栓をすること・・・・・。」などの一通りの説明や注意を受け『イザ!!鎌倉』となった。
 検査はまず、トンネルの入り口にあるベットに寝ることから始まった。ここで体を固定され、検査中の姿勢をとらされた。やがて狭いトンネルの中へとベットが進みだした。狭いトンネルで、カプセルホテルよりも狭い。棺に入れられたようで、閉所恐怖症の人は、暴れて騒ぎ出すのではないだろうか。幸い私は閉所恐怖症ではないので大人しくしていたが、ツタンカーメン王(のミイラ)になったような気分であった。また、ジッとしているのがいかに苦しいことかもわかった。寝返りどころか身動き一つできないのである。その内に、いろいろな音階のエンジン音というか、太鼓を一定のテンポで鳴らしているような大音響が轟きだした。身動きできない辛さに、目をつむってジッと耐えていると、
 「後5分で終了です」という、検査技師の声が聞こえた。自分の時間感覚を試してみようと、私は数を数えてみることにした。5分と19秒を数えたところで検査が終わった。かなりいい加減な時間感覚のようである。
 検査料は6千円弱であった。
 「ウ~ン、高いなあ」と思いつつ、撮影したフィルムとともに私が通っている病院に送り返された。
 
 診察室に入るとフィルムが貼ってあった。それを見て、思わず息を呑んでしまった。レントゲンのような写真が鮮明に写っていたのである。私の背骨の全体写真や、部分的な写真はおろか、身体を輪切りにしたような写真が多数写っていたのである。
 「ウ~ン、6千円は高くはないなあ」と思った。
 このフィルムを見ながら主治医が説明をしてくれたのであるが、重症ではなく手術は不要であることが判明した。私はホッと胸をなぜ下ろしたのである。で、暫く投薬治療で様子を見ることとなった。前回処方していただいた薬のほかに、オパルモン錠(朝夕1錠)が追加された。

 病院から帰る際には、痛みが少し薄れたように感じた。MR検査で、身体を強い磁石の中に置いたということは、体中にピップエレキ絆を貼ったような状態だったのかもしれないなと思った。
by yousui-nobidome | 2007-03-24 18:06 | ぎっくり腰

劇的な回復はしなかった

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 土日の2日間で劇的な回復はしなかった。
 しかし、先週1週間休んでしまったので、今週は休むわけにはいかない。病んだ体に鞭打って出勤することにした。日曜日にはその覚悟はしていたので、月曜日の朝は4時に起床した。痛む体で湯を沸かしてコーヒーを淹れ、何とか気力を奮い起こす。
 6時10分前に家を出て、通常なら5分で行けるバス停へ向かう。途中何回か休みを入れてバス停に到着した。6時10分発のバスは遅れているのか、なかなか来てくれない。バスが来るまでの時間が、とても長~く感じられる。無性に腹が立つ。チョッとの差で乗り遅れた時の思いが頭の中をよぎる。
 バスに乗り込み、座席に座って無常の幸福感に浸る。痛みがスーッと消えていくようだ。
 駅に着き、しばしの幸福感ともお別れである。電車は始発の各駅停車を選んだ。20分くらい待つことになるが、先の駅から来る電車はみな満員で座れそうにない。快速列車はおろか各駅停車の電車も座れる余地がない。最近は出勤する時刻が、全体的に早めになってきたようだ。
 「始発なのだから、もっと早くホームに来て乗客を乗せてくれればいいのに」と、思わずボヤキが出てしまう。やっと始発電車がホームに入線してきた。やけにゆっくりである。
 「もっと速やかにせんか!!」と、怒鳴りたくなってしまう。それでも、電車の座席に座ることができ、ホッと一息つくことができた。
 そんなこんなで、残る2回の乗換えを経て、無事出勤することができた。いつもより30分も余計にかかってしまった。
 明日もこの苦しみを味わうのかと思うとため息が出てしまう。それよりも、今日の帰りはどうなるのだろうか。幸い、今週は水曜日が春分の日で休みだから、取りあえず明日がんばれば何とかなる。
 
 昼間は内勤と思いきや、外回りをする羽目になってしまった。
 「ウ~ン、野火止陽水、人生最大のピンチだぞ」
 「まあ、何とかなるだろう。今まで何とかできなかったことはないのだから」と、頑張るしかない。
 
 翌日は地下鉄へ乗り入れる始発の各駅停車の電車を選んだ。乗換えが1回減るのでかなり楽である。しかも座っていける。
 しかし、帰りは余程の幸運がなければ座ることはできない。日頃の行いの悪さをチョッピリ反省する羽目になった(苦笑)。

 2日目も外回り。風が強く寒い日であったが、額に汗をかいてしまった。2日間でかなり体力を使ったのだろう。

 さて、明日、明後日はどうなるのだろう? 今日、21日は家で朝からゴロゴロしているので痛みはない。でも、歩き出すととたんに痛くなるような感じである。試しに散歩でもと思っても、明日からのことを考えると、それもできない。
by yousui-nobidome | 2007-03-21 14:28 | ぎっくり腰

2回目の診察

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 今日、病院へ行って2回目の診察を受けた。
 今回は予め妻が受付を済ませてくれていたので、朝9時頃に病院へ向かった。診察の順番は早かったのだが、バスが遅れたので病院に着いたときには、既に順番が過ぎてしまっていた。しかし、受付窓口に申し出ると、程なく診察を受けることができた。

 発症から1週間、治療を受けて薬を飲みだしてから5日たったが、症状の改善が見られない旨医師に告げた。脚の具合を診た後、
「重症かも知れませんので、MR検査を受けましょう」ということで、来週別の病院でMR検査なるものを受けることになった。
 薬もロキソニンからポルタレンに変わった。胃の薬もラクマーゼカプセルからセルベックスカプセルになった。薬のことは素人だが、ラクマーゼカプセルは『胃の粘膜を保護する薬』であったが、セルベックスカプセルは『胃炎、胃潰瘍の治療薬』とあるので、ポルタレンが強い薬であることが感ぜられる。その他、腰のコルセットも処方していただいた。これまで使っていたのは安価なゴム製のものだったが、病院でもらったものは本格的なもののようだ。付け替えての帰路は足取りも軽く(?)とはいかないまでも、来週の出勤は頑張れば何とかなりそうだと思った。

 今週は5日間休んでしまったので、来週は是が非でも出勤しなければならない。今日明日の2日間で劇的な回復があればいいのだが。
by yousui-nobidome | 2007-03-17 11:17 | ぎっくり腰

病院の待合室にて

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a0006530_13513585.jpg 最近、病院へ行くことが多くなった。以前は健康診断や人間ドック、あるいは予防接種のためくらいしか行かなかったが、最近は病気治療のために行くようになった。大腸ポリープ、高血圧や糖尿病、今回は椎間板ヘルニアの治療のために病院へ行った。まあそんな齢になったのだろうと、別段どうということもない。しかし、病院の待ち時間が長いのには閉口してしまう。
 大腸ポリープの時は某大学病院だったので、
 「しょうがないか」と諦めがついたが、高血圧や糖尿病、椎間板ヘルニアの場合は町医者である。待たせすぎじゃあないかとは思うが、待合室で待っていると頷けるのである。それよりも、
 「何でこんなに患者が多いのか?」と思ってしまう。1億総病人といった感がある。医者も息つく間もなく診察に追われている。過労で自殺してしまった医者がいたが、それも不思議には思えない状況である。私が通っている病院はいずれも市内では評判の良い病院なので、自然と患者が集まってくるのだろうか。とはいっても、評判の良くない病院はどうなのだろう。同じ国家資格を得て開業しているのだから医療の質は同じだと考えるが、やはり躊躇してしまう。誰しも評判の良くない病院は敬遠するのだ。
 椎間板ヘルニアでかかっている病院は、初診で勝手が分からず、朝8時半ころ行った。受付は8時からで診察は9時15分からとあった。この時刻の受付で診察の順番はリハビリの人を含めて22番目であった。慣れた人(?)は、朝8時に受付をして、一旦自宅へ戻るかどこかで暇をつぶしているようである。また、通勤通学する歌人に頼んで受付をしてもらい、本人は診察開始時刻に合わせて来るようである(まさに生活の知恵であろう)。診察開始の9時15分を過ぎると何処からともなく病院へ現れては診察を受けてゆく。初診で訪れていた老婆は、自分の後から来た人がドンドン診察室へ入っていくのを見て、自分の番を飛ばされたと勘違いして、受付の女性に、
 「私の番はまだですか、後から来た人に抜かされているようですが?」と聞いていた。
 私が診察を受けたのは11時を回った頃であった。寝ても座っても立っても痛さを感じる状態で待つのは、非常な苦しみであった。よくお笑いで『元気じゃないと医者にかかれない』というネタをやっているが、まさにお笑いのとおりの状態である。
 診察待ちの人が増えてくると、当然待合室のソファーも座れる余地がなくなり、立って待つ人が出てくる。患者はみな高齢者であり、私は若い部類に入る、と言うか私が一番若いのである(この日、私より若いと見受けられた患者は3人ほどである)。席を譲るか否かで葛藤があった。高齢の患者は元気である(ほとんどの患者はリハビリを受ける人のようである)。私のように痛んでいる人は見かけないのである。
 「席を譲らなければいけないかな~」と大いに悩んでしまったが、結局は自分の状態を考えて譲らなかった。リハビリの人は10分もしないうちに順番が回ってくるからである。『病院にいくのは病んでるからである。人を労わる余裕があれば席を譲ればいいのであって、余程の重傷者でなければ席は譲らなくていいのだ』と心に決めた。
by yousui-nobidome | 2007-03-16 14:00 | ぎっくり腰

療養中に考えた

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 世の中には病気を患っても完全に直りきらない内に働き出して、いっそう悪化させてしまったり、何年も感知しないでズルズルと病気を引きずりながら生活している人が少なくない。何故なのだろうかと考えてみた。
 まず第一は経済的な面だろう。自営業者や働いた時間で給与額が決まる人がそうだろう。休めば収入が減り生活できなくなってしまう。契約社員など、休めば職を失ってしまう人もいるだろうし、自営業の人でも『休業』すればお得意さんを失ってしまうこともあるだろう。だから病気や怪我をしても、無理やり休まずに働き続けることになってしまう。
 第二は私のようなサラリーマンであるが、職場の空気が休むことを許さない環境で働いている人だろう。一応、制度上は『病気休暇』があって、何日間かは有給で休暇は取れることになっている。しかし、職場の空気として『病気休暇』イコール『サボり』と受け取られてしまい、休むに休めない状態になってしまう。病気や怪我をしたときの痛さは本人でしか分からない。痛さが分からない人は得てして、
「イタイイタイといっているが、本当はどうってこと無いのだろう。サボって楽したいのだろう」と陰口を叩く。実際に陰口を叩かれなくても、自分でそう言われるのではと考えてしまい、なかなか『病気休暇』が取れないのだと思う。
 第三は職業に関係なく、『病気は働いて治す』と考えている人だろう。『怠けるから病気や怪我をするのだ』と固く信じていて、病気や怪我をしても精神がたるんでいたからだ。治療法は楽をせず働き続けることだと。こういう人は日本には結構多い(多かった)と思う。事実、私の両親がそうであった。私は子供のころは扁桃腺炎でしょっちゅう熱を出して寝込んでいた。その度に親父に一喝されたものであるが、幸いアデノイドの切除手術を受けてからは病気知らずの体になり、親父の一喝とは無縁になった。
 第四は仕事が趣味の人だろう。とにかく仕事さえやっていればいいという人である。病気や怪我をしても仕事が日課だから休むわけにはいかないという人である。

 対処法はどういうものがあるのだろうか。第三や第四は「勝手にしろ!!」でいいのだろうが、第一や第二は何とかしなければいけないと思う。第一の場合は公的支援があると思うのだが、調べていないので分からない。休業補償とか失業保険制度はあると思うのであるが、日頃から保険料を払い込む必要があるのだろう。年金の保険料も払えない人たちが多い現在、更にこれらの保険料を払い込むのは大変なことだろう。
 第二の場合は、一応制度は整備されている。人々の意識を変えて、『病気休暇』をとりやすい職場環境にしていくしかないのだろう。『ズル休み』と受け取られないように、日頃から勤務態度を良くしておく必要もあるだろう。しかし、私のように配置転換1年目で周りは初対面の人だらけだと苦労する。それまでの職場で営々と培ってきた『信頼・信用・評価』といったものが無に帰してしまうのだから。

 結論としては「病気や怪我はしてはいけない」ということだろう。そういう意味では、第三の「怠けるから病気や怪我をするのだ」ということにも一理あると思う。病気や怪我をする前の心がけであるが。とにかく、『椎間板ヘルニア』になってしまったのだから、人の言うことなど気にせずに治療に専念するしかないと思っている。
by yousui-nobidome | 2007-03-15 10:42 | ぎっくり腰

三重苦

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  弱り目に祟り目とはこういうことなのか?
 高血圧に糖尿病、加えてぎっくり腰になってしまうとは、トホホな状態になってしまった。
 異変が起こったのは、今にして思うのは3月3日(土)なのだろう。2月中旬から仕事が忙しくなり、連日徹夜や残業を繰り返し、休日出勤もしていた。この日も前日から徹夜で仕事をし、朝方4時頃にやっと終わった。眠さをこらえて早朝の電車に乗り、
「眠り込んだら乗り過ごすゾ」と自分に言い聞かせながら自宅の最寄り駅に到着した。早朝のこと、まだバスの運転は始まっていないので徒歩で自宅へ向かう。帰宅するとすぐに布団にもぐりこんだ。
 昼頃起きると「イタタタタ!!」ひどい腰痛である。喉も痛く鼻つまりもひどい。
「ヤバイ、風邪をひいてしまった」と風邪薬を飲み安静に努めた。今年の冬も風邪をひかずにきたのに、春になってから風邪をひいたのではお笑い種である。
 夕方になって腰のひどい痛みもひき、風邪からくる腰痛だったのかと納得した。風邪の症状も緩和したので一安心していた。翌日も静養に努め翌週の仕事に備えていた。腰はひどい痛みはないが重苦しい鈍痛がした。「腰に疲れが溜まっているのだろう」くらいにしか考えなかった。7日(水)はどうにも感じがおかしかった。椅子から立ち上がるときに右腰がやけに痛く、立ち上がって腰を伸ばすときにも痛みが走った。右の脛の外側も痛んだ。筋肉痛だろうとバンテリンを塗ってみたが痛みは消えなかった。8日(木)はそのままの状態であったが、忙しくて私が抜けることもできないので痛みを我慢して徹夜仕事をした。9日(金)は忙しさも一段落し、「明日は土曜日、ゆっくり休もう」と考えながら外回りの仕事をして帰宅した。風呂に入ると腰の痛みも消え楽になったが、風呂から出ると猛烈な痛みが襲ってきた。一晩寝れば直るだろうと早めの就寝についた。
 翌朝、起きようにも起きられない。右の臀部から右足先までひどい痛みである。妻から病院へ行くように言われたが、痛くて体を動かすことも億劫である。結局病院へは行かずに、翌日も家でのたうちまわっていた。13日(月)はさすがに「医者へ行かなければ」と思い、タクシーを呼んで整形外科の門を叩いた。待つこと2時間、やっと通された診察室で私の説明を聞いた先生が、
「典型的な椎間板ヘルニヤの症状ですね」と言って、レントゲンを撮られた。その後、パソコンのモニターに映し出されたレントゲン写真を見ながら、
「ああ、ここですね。背骨が変形して、骨と骨の間でクッションの役をしているものが飛び出しています。レントゲンには写りませんが、このくらい飛び出していますね。」
「ウ~ン」と、私は唸るだけである。
「直るまでの期間は月単位で考えてください。とりあえず1週間ほど様子を見てみましょう」と言われ、薬を処方してもらった。テルネリン、ロキソニン、ラクマーゼカプセルが1日3回。寝る前にデパス、湿布薬はモーラス30.どれも聞いたことのない名前である。
 今日は3日目であるが、いまだに痛みは消えない。右足の痺れも消えていないので歩くのも不便で、外出はままならない。仕事が一段落ついたところでよかったとは思うが、毎朝、休む旨の上司への電話が気がかりである。
by yousui-nobidome | 2007-03-14 10:46 | ぎっくり腰