ボウリングのルールとマナー

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a0006530_1634175.jpg 今日、ボウリングをやった。一昨日、会社で新春ボウリング大会があり、私は選手ではなかったが観戦して、何となく血沸き肉踊る気分になった。それで、家でその話をしたところ、久しぶりにボウリングへ行こうということになったのである。
 私が中学高校生の頃は、ボウリングが結構はやっていた。就職した頃には徐々に下火になっていくのであるが、2~3年間ぐらいはボウリングをやった経験がある。会社で大会をやると、私より上の世代、団塊の世代辺りが上手であり、
 「ハハ~ン、若い頃大分やったな。」と感じられるのである。私の世代になると、腕前はチョット落ちるが、そこそこのスコアは出る。
 我が家でも、大体、今の時期には家族でボウリングをやっていた。ちょうど冬の季節で、外の種目よりは、暖かい室内でやる種目の方が向いているからだろう。

 最近は年少者向きに簡単にしようということでか、バンパーボウリングというのがある。レーンの左右の溝に柵をして、ガターにならないようにしたものである。そのためか、結構幼い子もボウリングをやっていて、私たちが行った近所の12レーンしかないボウリング場にも幼い子を連れた家族連れが来ていた。で、いつもの通りに全日本イチャモン委員会長の野火止陽水先生の出番となる。

 ボウリングはスポーツであり、単なる遊びではないのである。だから当然ルールがあり、また、ボウリング場という公共施設を使って大勢の人がプレイする場である。だからルールを守り、公共の場におけるマナーを守らなければいけないのである。それが、全然守られていない。これは困った問題である。親子でボウリングをするのであれば、親は子どもにボウリングのルールを教え、公共の場におけるマナーも教えて守らせなければいけない。それが全然出来ていない(いや、親がボウリングのルールを知らず、公共の場におけるマナーを知らないのであろう)。ボウリングは重たいボウルであれば16ポンド(約7.3kg)の硬い球を投げるスポーツである。足の上に落として指を骨折したという話も聞く。複数人でプレーする場合は投球者以外がレーンに乗っていては危険であり、他のプレーヤーはボウラーズベンチに座っていなければならない。当然、投球者が投球に集中できるように静かにしていなければならない(前者はルールであり、後者はモラルである)。ところが、どこの親子連れを見ても、そんなことには一切お構い無しである。投球者の後ろを駆け回り、ギャーギャー騒ぎ回っている。親は注意するでもなく、一向に気にかけるそぶりもない。
 「アッ、危ない!!」と思ったことも一度や二度ではない。余程、一言注意してやろうかと思ったが、正月早々嫌な気分はしたくないので我慢していた。
 「どうせ怪我しても、俺の家族ではない。」と思ったからである。
 
 しかし、今、そのことを反省している。社会を良くするには、面倒を厭うようではいけないと思ったからである。社会のモラル向上のためには、一つ一つの積み重ねが必要だと思うのである。自分が嫌な気分になったり、トラブルになることを恐れていては、社会は悪い方向には行くが、決して良い方向には行かないのである。

 あの親子連れの母親は、注意されたら聞き入れたのかな~と、思っている。
by yousui-nobidome | 2007-01-07 16:38 | 日本を考える


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