名古屋地裁は何をやっていたのか?

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 名古屋地裁は何をやっていたのか、とても不可解な判決と感じた。世間を震撼とさせた、11年前の大阪、愛知、岐阜の3府県にまたがる連続リンチ殺人事件の二審判決が名古屋高裁で出た。
 週刊新潮(10月27日号)の、『元少年3人の「実名と顔写真」』という宣伝文に引かれて買求め、読んでみたところ驚いてしまった。その4人の被害者の死に至るまでの暴行経過の概略を知り、これは誰もが殺人罪に当たると判断すべき事件だと思った。ところが一審の名古屋地裁は、犯人の小林正人に死刑、小森淳と河渕匡由には無期懲役を言い渡していた。小林には殺人罪、小森と河渕は傷害致死と判断したからのようである。しかし、事件の概要を読む限り、3人とも殺人罪適用が正当と、誰でもが思うはずである。犯行時、この3人が未成年であっても、19歳である。これ以上やったら死んでしまうという判断は出来たはずである。日本の裁判官には、いつものことながら呆れてしまうことが多いが、これもその一つである。一体、この判決を出した裁判官は、正常な人間としての判断力を持ち合わせていたのだろうか。
 最初の被害者、林正英さんの場合はこうである。林さんはすし職人で結婚した直後だった。深夜、アパートに帰る途中、盛り場で言いがかりをつけられて、ビルに連れ込まれ、よってたかって裸にされ両手首、足首を縛られ、顔面にはガムテープを貼られ、激しい集団暴行を加えられた。命乞いをしても、ベルトで締め上げられ、血が混じった鼻水が流れ、失禁の中絶命したのである。死亡を確認するため、煙草の火を肌に押し付けられてもいるそうだ。その後、犯人たちは同じビルの中にある中華料理店で食事をし、四国・高知県の山中まで死体を運んで遺棄した。2ヵ月後に発見されたときには、遺体は9.1kgしかなかったそうである。
 この8日後、今度は仲間の一人、岡田五輪和(殺人集団の仲間だったので敬称はつけない)に激しいリンチを加えて殺している。酒盛りやシンナーを吸っているうちに、些細なことで岡田へのリンチが始まった。拳やビール瓶、ウィスキー瓶などで激しく殴打し、頭部の傷口にフォークを突き刺し、醤油やシンナーをかけて反応を見たりした。その後、木曽川堤防まで連れて行き、カーボン製パイプで滅多打ちし、脇腹や首筋にシンナーの入った袋を置いて、ライターで火をつけて焼いたりした。7時間にわたる暴行の後、堤防からけり落とされ、河川敷の雑木林まで引きずっていき遺棄された。
 この翌日には、稲沢市内のボウリング上で、目が合っただけの江崎正史さん、渡辺勝利さんに因縁をつけ、もう一人とともに車の中に連れ込み、社内でボコボコに殴り、長良川の堤防に連れ出した後はアルミ製パイプでめった打ちし、命乞いしてもかまわず殴り続けた。逃げ出そうとした江崎さんの大腿骨を折り、逃げられないようにしてから、さらに暴行を加え続けた。二人は頭蓋骨陥没、左肩、両腕など、全身骨折と、全身の血管が裂け大量出血して絶命した。
 この記事を読んでいて吐き気がした。こんな仕打ちができる奴は、もはや人間とは言えないのではないか。このどこが暴行致死に当たるのだろう。明らかに殺人ではないか。
 いま、司法制度のあり方が問われている。陪審制度導入もその一つである。こんな可笑しな判決をでるのが、少しでも減ってくれればと、切に願うしだいである。
 なお、二審の名古屋高裁は3人に死刑判決を言い渡した。速やかな刑の執行を願いたい。
by yousui-nobidome | 2005-10-24 06:29 | 日本を考える


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